2020年度の熱物性学会のセッションで発表させていただいた内容(徳廣 美沙, 任 裕彬, 北垣 亮馬)ですが、それなりの反響があるみたいなので、紹介させていただきます。
建設系では「高分子材料は、疎水性なので水分による影響が少ない」と思われている向きも未だにあるのですが、高分子物理的な観点から見ると、親水性の分子構造を局所的に持つことが多いので、やっぱり水のことを心配しなければならない材料である。
よって、発泡プラスチック系断熱材には、水分に強い製品もあれば、弱い製品もある。親水性があるものは早めに水分の影響を受けるので、そういった製品には被覆層や必要な対策を施してあるものが多い。だから、どういう高分子でできた発泡プラスチック系断熱材であったとしても、大きな部材を用いた短期的な評価試験では吸湿しないように見えてしまう。断熱材が長期にどのような変化をおこすのかを調べるには、やっぱり年単位の時間をかけて試験をする必要があるのだが、工業材料の品質管理で用いられる評価試験としては長期試験は導入が難しいのが現状だ。
そこで、我々のグループでは、発泡プラスチック系断熱材の板モノ(製品から被覆層を取り除いたもの)で平衡含水率を測定し、その測定期間は1カ月以上にも及んでしまうという報告とあわせて、そこから切削したセルフィルムを用いて水蒸気吸着等温線を測定すると短期間(数日)でだいたい同じような傾向が得られることを示した。(下図)
発プラの平衡含水率を取るのに1,2か月かけるかわりに、水蒸気吸着等温線で迅速に調べられるのは確かにいいと思う。ただし、おそらく両者は完全に一致しない。板モノの試験体では、水蒸気吸着量以上に凝縮した水分がセル内に溜まるので、相対的に平衡含水率が大きくなる傾向があるのだ。セル構造における水分の溜まりやすさは今後検討の余地があるようにも思う。
また、我々のグループでは、材料の吸湿性だけでなく、水分に暴露された高分子そのものの質の変化、とくにゲル構造がどうなっているのか、という点も検討している。それも、フィルムではなく、発泡体というマクロな構造のまま水に暴露されることによって、高分子の微視的なゲル構造をどのように変えていくのか、という点にも関心がある。下図も同じ熱物性学会で発表した内容(五嶋 楓, 任 裕彬, 北垣 亮馬)だが、液水浸漬ー高湿存置のサイクル試験を施した発泡プラスチック系断熱材の溶剤膨潤度の経時変化(これは発プラの材質の多様性を考えて、今後は非極性・極性溶剤のバリエーションをいろいろ検討しながら見る必要がある)は、平衡含水率/水蒸気吸着等温線の測定で吸湿性が高いと判断された発泡プラスチック系断熱材で顕著に膨潤し、吸湿性が小さい発泡プラスチック系断熱材ではそれほど膨潤しない。つまり吸湿性があるものは、水分に暴露されたら、それが発泡構造をしていようが不可逆的なゲル構造変化をしていることになる。だから、やっぱり発泡プラスチック系断熱材が水分によって変わっていく現象を慎重に見極め、長期性能に落とし込んでいくことが重要な気がする。
一方で、このような主張とは逆の研究もある。例えば、水分暴露した後に乾燥させると、形状も熱伝導率もほぼ元通り回復した、という報告。これは難しいところで、断熱性能が担保されていれば、断熱材のゲル構造が変化しても、建築物の消費エネルギーが大幅に増えるわけじゃないから大目にみてもいいんじゃない、という意見です。これも確かにそのとおりです。ただ、まぁゲル構造変化しているんだから、完全に回復ってわけでもない。特に気になるのは寸法変化である。ご存知の通り、ゲル構造がかわるとマクロな寸法がかわるわけで、断熱材に隙間ができるリスクが高まる。結局、これも何が起こっているか知っておかないと、何か起こったときに気になる。やっぱりいろいろ検証しがいがあるように思っています。