研究概要(in Japanese)

研究概要(in Japanese)

我々の研究室のミッションは,社会にある建築物や構造物を,材料科学的な観点から研究することで,より長く,より便利に,より安全にし,社会や都市の未来に貢献することにある.特に,実験と解析の両輪によって,材料を劣化させるメカニズムや,劣化を食い止める方法などを突き止めるアプローチを重視する.つねにすぐれた測定法,分析手法を探求し,必要とされる課題を解決するために,新しいデータをとり,これを公にすることによって,社会に貢献することを重視する.

主なテーマとしては,コンクリート系と高分子系の2種類が存在する.どちらも建築物や構造物に不可欠な存在であるが,一般に,コンクリート系は無機材料,高分子系は有機材料とみなされている.しかし,現実の建築物や構造物は,これらの材料が複合的に使われており,コンクリートの表面には高分子が含浸されていたり,鉄とコンクリートを接合する高分子系接着剤に炭酸カルシウムの粉末が混合されていたり,純粋な系はほとんど存在しない.共通することといえば,無機ー有機界面が極めて多いということである.一般に,無機ー有機界面は未だ多くの点で未解明な部分が多く,使用方法をあやまると,劣化しやすく,事故や災害につながる.この一方で,優れた組み合わせにおいては,単独よりも複合の方が多くの点で画期的な性能を発現し,多数の実績をほこる優れた工法として普及する.

建築材料は,無機・有機の両方を扱う珍しい材料領域であり,我々の研究室は,この多様性を扱うために,無機系も有機系もこだわらず,科学的な基礎知識をしっかり理解した上で,さまざまな材料の特性や相互作用を理解していこう,という態度で日々の研究活動に取り組んでいる.

以下に最近実施している研究事例を解説する.

研究事例1:補修材や高分子塗膜の耐久性の研究

補修した建築物や構造物は, 本当にちゃんと補修できている? 長く持つ?

これまでコンクリートや外装材表面に塗布された補修材の劣化は,目視検査による指標(デグリー法)によって評価されることが多かったですが,この手法は,実際の劣化の進行との関連性がはっきりしないことが指摘されていました.そこで,我々のグループでは,補修材の表層にあるひび割れに着目し,補修材のバリア性能が,びひ割れ幅/同一面積あたりの塗布量とリニアに関連があることを,30年間の長期暴露された試験体を用いて実証しました.
既存建築物の表面に塗布されている補修材は高分子であることが多く,年月が経るにつれて,汚れやすいことが多いですが,既存のデグリー法でも,見た目の色変化がある,光沢がなくなる=劣化している,という傾向の評価値が得られやすい傾向がありました.しかし,デグリー法による「見た目の悪さ」の数値とコンクリートの劣化を示す一つの定量値である「中性化率(=塗布表面の中性化深さ/無塗布表面の中性化深さ)」は,あまり関係がありませんでした.(図1)

むしろ,こうしたマクロな外観による評価ではなく,より強力に塗膜のバリア性に関連があると思われる 微視的なひび割れにフォーカスし,これを用いてひび割れ深さ(ひび割れ幅と顕微鏡観察から得られる深さ画像からの推定値)/同一面積あたりの補修材の塗布量という指標との関連性を調べると,補修材の種類によらずリニアな関係があることが確認されました.(図2,一個外れている△はいわゆる極端な撥水性を発現するタイプの塗料でこれは別の作用機序があると思われます)
ひび割れの程度が中性化に大きな影響を及ぼすことはコンクリート工学であればよく知られている現象ですが,表面の塗膜について,多様な塗膜についても同様の傾向が見られるという実証を行った事例はあまり多くはありません.このことは,今後の建築物や構造物の補修や補修後のメンテナンスにおいて,重要な点検方法や維持における診断基準の基軸になりうるものです.

実際には,世の中には,肉眼での見た目が綺麗に維持されていても,目には見えにくい微細なひび割れがあるものが多いです.この研究では,見た目に左右されず,バリア性をひび割れなどで損なわれていないか,そういったことの方が建築物の耐久性の低下に影響することを示唆するものです.

ただし,近年では,鉄筋コンクリートの場合,コンクリート中の鉄筋腐食は,中性化よりも雨掛りを含めた水・酸素の供給状態の方が強く影響を受ける点が指摘されているし,この実験の補修材の塗膜厚さやひび割れによるバリア性能の低下量を安易に評価してしまっている点には,研究アプローチとして課題があります.

図 1 デグリー法によるデグリー値と中性化率の関係
図2 中性化率とひび割れ深さ/同一面積あたりの塗布量の関係

研究事例2: 新しい寒冷地の気象と劣化挙動の研究

コンクリートの凍害は小さくなるが,夏の乾湿繰返しはひどくなる
新しい気象条件に今の寒冷地の既設コンクリートはどうなるのか?

極圏付近を除くほとんどの寒冷地で,凍結融解サイクル数は,温暖化によって減少することが報告されています.我が国の気候変動予測については気象庁や環境省が多くの報告書において情報を提供してくれていますが(例えば地球温暖化予測情報 第9巻 (2017年)など),我が国の寒冷地においても同様の傾向があると考えられています.一方で,地域によっては,夏期の降雨回数や乾燥日数の増減が大きく変わっていくことが予想されており,北海道は,上記の報告書においても,夏期に降水量と降水回数が増加する可能性が高いことが指摘されています.特に夏期の温度が高くなり,かつ降雨による乾湿繰り返しが増えることは,コンクリート構造物にとって,凍害のリスクが低くなる一方で,夏期の雨掛りなどによる鉄筋腐食が進みやすくなるリスクが高まる場合もある,と考えられます.例えば,すでに凍害の進んだ鉄筋コンクリートが夏期の乾湿繰り返しを受け続けてしまうことは望ましいことではありません.凍害と雨掛りの関係を,気候変動に紐付けて複合的に考察するためには,冬期の温度変化と凍害の関係,雨掛り箇所のコンクリート中の鉄筋腐食が,ひび割れ幅や降水回数とどのような関係にあるのかを組み合わせて考察しなければなりません.

図3は最低温度の違う凍結融解サイクルによる凍害の指標である長さ変化率や含水率の関係を示したものです.最低温度が低いほど,はやく凍害の被害が重篤化します.例えば, 左の図では, 凍結融解サイクルの早い段階で長さ変化率が急激に大きくなっているのがわかります. ピンク色の数字は,破壊が急激に悪化した起点となるサイクル数を示してします.これは破壊力学でいう疲労試験において,よくみられる挙動です. しかし含水率は一定の傾向は見受けられるものの,長さ変化率に比べてサイクル数との関係は不明瞭に見受けられます.

 このように考えると,温暖化すると最低温度が上昇するので,寒冷地において凍害の被害は出にくくなりそうです.しかし,図3はある特定の調合のコンクリートについて示したものであり,同じ強度を発現する他の調合のコンクリートでも同じことが言えるのか,どのような調合のコンクリートならより凍害に強いのか,あるいは弱くなったりしないのか,といった社会で必要とされる事項には細かく対応できていません.気象変動の中では,極地圏以外を除く寒冷地の凍害は,大まかに言って,初期的な破壊・軽度な破壊こそが主たる破壊となるので,それが夏期の降雨回数の増加などの他の因子と結びついて,新たな複合的劣化を起こしやすくならないか,そういった新たなリスクについて検討していく必要があると考えられます.

図3 凍結融解サイクルと最低温度の関係

我々のグループでは,初期凍害によるひび割れがでにくいコンクリートの調合が何なのか,あるいは凍害による破壊が急峻化する起点(図3左のピンクの数字)が,コンクリートの調合によらず予測できる方法を確立するため,研究をしています.図4は,遷移帯に含まれる液水が凍害が応力の作用点となることを想定し,遷移帯とペーストの相互作用を複合モデルにみたてて,材料力学や破壊力学で一般的な疲労モデルで再解釈した指標をもとに,破壊力学でNfといわれる

研究事例3: 補修材の補修メカニズム そのものの研究

世の中のビルやインフラを治す補修材はそもそもなぜ補修効果があるのか
わかっていないものが多い!しかも塗る量や手順も適当に決めている.化学的に分析することで,正しい処方,正しい手順を明らかにする!

研究事例4:塗料の劣化メカニズム

熱劣化中の高分子ゲルの流動を可視化

建築物のあらゆる表面補修に用いられるウレタンコンポジットは劣化メカニズムがわかっていない。しかも,一時的にバリア性が高まる謎がある。我々のグループは,高分子の劣化によって寸法変化し流動するフィラーが再配置されるという仮説を実験によって実証した.

研究事例5: 断熱材の長期性能劣化メカニズム

高温多湿環境のまま温度が急冷されると水蒸気として透過した水分子が材料内部で液水として凝縮される
寒冷地域ではあまり報告がないですが,多湿な中緯度,低緯度帯では断熱材が吸水し,熱伝導率が短い期間で上昇することが報告されています.(例えば,Koshiishi, Kato(2016))
我々のグループは,急激な水分蓄積が起こる温湿度条件を明らかにした上でこれまで測定できなかった発泡断熱材の含水率分布の測定に成功しました.

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